私生まれ変わったら何になれるかしら 愛しのレディ・キャット (いつも自由気ままなきみだけど、たまにはひとじめしたっていいだろう。この腕のなかに君の時間をとじこめてしまいたいくらいだよ。そんなこと言ったってきみはまたするりとどこかへ抜け出していくのだろうけれど) 彼女はそういって木の上によじ登っていった。僕はゆっくりと彼女の行動を目で追った。 落ちてしまわないかと心配もしたけど、そんなものは無用だったらしい。は実に器用に大木をよじ登っていった。 そう、まるで小さくてしなやかな線を描く猫のように。 「、あぶないよ」 「大丈夫よ、ジェームズ。というか今は話しかけないで!」 「あ、ごめん」 するする登っていくように僕からは見えたけど、本人としてはかなり必死らしい。 それを顔に出さないなんてたまにすごいよなあって。うん、この僕でも予想がしがたいからね。彼女の行動は。 普段はあんなに分かりやすいくらいに、ころころと表情が変わるっていうのにさ。 たとえばチェスをやってるときなんか、彼女の思考回路は誰にだってお見通しだ。 リーマスはたまには手加減してるみたいだけど、シリウスはお子様だからいつだって手加減なしに彼女を打ち負かす。 まあ、負けてぷんぷんしてる彼女を見るのが僕は楽しいんだけどね。あ、もちろん僕は手加減なしのほうさ。 やっぱりなんだかんだいっても、もう冬だなあ。いつのまにか少し風がふいただけでも、それが身にしみるほどの季節になっていた。 気づかないところで世界は回っているのだ、と僕は再び気づかされた。 「、寒くないのかい?」 「そりゃ寒いに決まってるじゃない。私スカートだもの」 当たり前じゃない。と彼女は微笑しながらそういった。そうだね、と僕も軽く笑って返事をした。 苦戦しながらも見事木に登りきった彼女は、どこかは分からないけれど、とにかく遠い遠いところをみようと必死に目をこらしていた。 僕は彼女を見上げる形で視界にいれて、何か見える?とにたずねた。 彼女はにこりと笑ってこたえる。ええ、何もみえないわ。青いだけ。 見えてるじゃないか。と僕が言うと彼女はあきれたように、とんだ揚げ足取りね。とふくれるのだ。 「じゃあ、ジェームズはなにか見える?」 「僕?」 「うん。ここには他のジェームズなんていないでしょ」 「そうだね。んー、見えるよ」 「何が?」 ん?秘密。と人差し指を口の前にもっていって僕はそう言った。かわいこぶんなよ。と彼女に毒を吐かれたけれど気にはしてないよ。 だって、好きなこほどいじめたくなるっていうじゃないか。きっともそういう部類なんだねうんうん。でも、僕はそういうの良く分からないなあ。うん。 僕は好きな子ができたら、いっぱいいっぱい大切にしようと小さいころからずっと思ってきたからね。ほら、僕は根っからの英国紳士だから。 あ、パンツ見たら殴るから後で。とさらりと言われた。殴るだなんて、そんな・・・。うるさいよ馬鹿。口ごもる僕に彼女はまたもやずばっと言い放った。 僕の繊細なハートは傷ついたよ、。責任とってくれるかい?と言うと、冗談を言うのも程々にしてとぴしゃりと返された。 彼女は普段の丸くて形の綺麗な目をスッと細める。僕も彼女を見上げて目を細める。 はゆうゆうとした様子で木の上に座っている。彼女がいるだけで枯れ木にひとつ狂い咲きの花が咲いたようだった。 僕はまぶしそうに目を細めて、眼鏡のグラス越しに彼女を見上げる。ああ、見えた。 つまらなそうに髪の毛先を指に絡める姿も気まぐれで、やはり彼女は猫のようだった。 「私なにになれるかしら」 「さっきから言ってるけど、それどういうことだい?」 「そのまんまの意味じゃない」 「へー、僕、君は魔女だと思ってたんだけどちがうのかい?」 「違わないわねそれも。だけど、やっぱり違うわ」 「・・どっちなんだい?」 「これを分かってくれない人とは私もう話したくなくなるかも」 はあ、と浅く息を吐いて彼女は言う。その息すらも薄く白さをもち、外気の冷たさを僕たちに思い知らす。 それは冗談なのか、はたまた本気なのかそれすらも僕には分からなかった。 左胸の奥のほうがずきっと疼いた。 「ねえ、、そっちに行ってもいいかい?」 「え、どうしたのいきなり」 「うん。ちょっとゆれるかもしれないから気をつけてね」 驚いて目を真ん丸くするをよそに、僕はガッガッと足を木にうまいことひっかけながら登っていった。彼女のいる枝を目指して。 彼女のようにスルスルとしなやかにというには、僕の身体は大きすぎたらしく見栄えは全くといっていいほどによろしくはなかっただろう。 まあ、上れればなんだっていいのさ。僕は芸術品になるつもりはサラサラないのだし。 なんなく上り終えると、僕は彼女のとなりとどさっと腰を下ろした。 僕らがいたのは結構太目の枝だったけれど、やっぱり二人分の体重と勢いを支えるのは辛いらしく、一瞬ミシッと音をたてた。 彼女がわっと小さく声を漏らして、僕のローブの袖を掴んで、僕の顔を見上げた。にこりと愛想よく笑って返したけれど、 当の彼女は柔らかそうな白い頬をぷくっとふくらませて、少し眉を寄せてふくれっつらをしていた。 「もう、枝が折れたらどうすんのよ。まっさかさまじゃない」 「大丈夫だよ。そうなったら僕がを抱えて三回転して着地するから」 「馬鹿」 あきれたような顔をして、すぐに彼女はふっと息をもらして笑った。その後小さく小さく、本当に小さく。独り言のように言った。 「私、やっぱり猫になるわ」 気まぐれで自分勝手で、何考えてるのか分からなくて、それでいて人一倍寂しがり屋で。 一人でできると意地を張って周囲をはらはらさせては、なんなくそれをやり遂げて、軽やかに舞い戻ってくる。 ふらりと突然姿を消しては僕たちを心配 そしていつもあたたかく、心安らげるぬくもりを追い求めている、そんな彼女にはぴったりだ、と僕は思った。 なぜ?と一応興味本位で聞いてみると、はさらりと言ってのける。だって私に似合うから、と。 僕は少しあっけにとられて、プフッと思わず小さくふきだしてしまった。 すると彼女は、なによーと言ってかすかに眉根をよせた。僕は笑いが止まらなくなってしまい、クスクスと笑い続けしまいには、腹をかかえて笑い出してしまった。 そんな僕を見て、彼女は頬を膨らませて、もう知らないもん!とそっぽを向いてしまった。 ごめんごめんと僕は謝ったけれど、なおも不機嫌そうに頬を膨らませる彼女がとても愛おしくて僕はついにやにやとした笑いが抑えられなかった。 彼女は不思議そうに僕の顔を見て、変なジェームズ!と笑い出した。ああ、本当にきまぐれな猫のようだと思った。 彼女が猫になりたいと言うのなら、彼女が安心して丸まれる場所に僕はなりたいと、の横顔を見て思った。 ----------------------------------------------- きみはいやがったって、くしゃくしゃになるくらいなでまわしてやるんだ |