Thank you! I love you!




「もう、あなたってば本当に馬鹿よ!」
「・・・ご、ごめんなさい




星が見たくなった。ホグワーツに来る前に田舎だった実家で見たあの星を。 遠い宇宙の果てから届く光は手を伸ばせば、手中に収まってしまいそうなくらい儚いのに、それはいつまでもかなうことはなかった。 けれど、なんだか今夜はそれが叶うような気がした。だから私は真夜中にもかかわらず、談話室をそろりそろりと抜け出したのだ。 誰にも気づかれないように足音はたてなかったけれど、気分的にはずんずんとジャングルを進む冒険家だった。そんな冒険家はすぐに虎に食べられてしまうのだろうけど。




いくらまだ秋だからだなんて言ってみてもさすがに夜は冷え込むもので、私はローブをぴったり体にはりつけて一度ぶるりと身震いした。 かつんかつんと、革靴が小さく音を響かせて階段をのぼる。もう少しで星が手に入るのだ、と疑いもせずに私はひたすら上を目指した。




ようやく天文台の一番上にたどり着いて、私はゆっくりはじっこのあたりまで歩いた。できるだけ塔から離れたほうが星に近づける気がしたからだ。 あと、一歩行けば下に転落まっさかさまというところまできた。手を伸ばして星をつかむ。突き出した腕はむなしく夜の闇を切っただけだった。




!」
「・・・え、・・」




そのとき凛とした声が大きく響いて、私はふと後ろを振り返った。今は闇にまぎれて見えにくいけれど、光の下で見ればきっと鮮やかな赤い髪の少女がいた。 エヴァンズさん、と私は小さく彼女の名前をつぶやく。さてこの場をどうするべきかと戸惑う私とは反対にエヴァンズさんは何か怒っているようだった。 彼女は、つかつかとこちらに歩みより闇夜に白く浮かぶ繊細な両手で、私の腕をがしっとつかんだ。やわらかな温度が伝わる。




「もう、何やってるのよ!こんな時間にこんなところで危ないじゃない!」
「え、や・・、どう・・して、エヴァンズ・・さん?」
「あなたが部屋からでていくの見かけたのよ。足音ばればれだったもの」
「でも、なんでついてくんの・・?」




しまったと、言ってから私ははっとした。言うべき言葉ではないのは必然だった。きっと彼女は自分を心配してきてくれたのだろう。 たとえそれがうぬぼれだったとしても、彼女が興味本位でついてきたのだとしても、今彼女に向けるにふさわしくはないのだ。 なんて馬鹿なことをしたのだろうと自己嫌悪に陥る。ひゅっと吸い込んだ空気が尖った音をたてた。




「だって、私あなたのこと好きだもの」
「・・・へ・・、・・」
「私、あなたと友達になりたいのよ」
「・・や・・・、・・」
「だめ、かしら?」




予想外の言葉に私は戸惑い、つい、ううん、とだけこたえた。彼女は不安そうな表情をうかべていたけれど、私がこくんとうなずくと、ぱっと可愛らしい笑顔になった。




「じゃあ、これからは、私のことリリーってよんでね、
「え・・、や・・、・・」
「ねえ、ここは冷えるからもう談話室に戻りましょう」




うつむいて夜風に吹かれていると、思いもしなかった言葉がはっきりと鼓膜に響いた。心地よい音の響きにしばし思考回路も体の動きも動作するのをやめてしまった。 顔をあげると彼女はにこりとやわらかな春を思わせる微笑を浮かべていた。鮮やかな赤の長い髪がやさしく、冷たい風に揺れた。 ぼけっと彼女を見つめていると、エヴァンズさ・・・リリーはふわりと私の手を握り下へと続く螺旋階段へと私をひいていった。




今夜星をつかむことはできなかった。だけど誰もが憧れる彼女の優しい手が私の手を握ったこの感覚は、ベッドに戻るときまであたたかく残っていた。