Thank you! I love you!








その夜はなんとなく眠れなくて、私は同室のリリーたちを起こさないようにしてそろりとベッドを抜け出した。




あったかいココアが飲みたいなあと思って、私は足音をたてないように談話室へと向かった。 いつも紅茶ばかり飲んでいるからたまにはココアもいいよね。なんて、小さくぽそっと言ってにししと笑った。 ココアの入ったカップを両手に持ってどさっと、ふかふかのソファに身を沈めた。その衝撃でココアのやわらかい色した液体がこぼれそうになった。 ずず、とココアをすすった音が誰もいないグリフィンドールの談話室に、妙に響いた気がした。




ふと男子の寮の入り口のほうに視線をやると、人影が備え付けのランプの炎の光で伸びたり縮んだりしているのが見えた。 誰だろう、と首を伸ばしてよく見ようとした。でもよく考えてみれば、寮の出入り口はひとつしかないのだからここを通るしか道はないのよね。 だから首なんか伸ばさなくたって、誰が通ったのかなんて一目瞭然に分かったのにね。うん、無理しすぎたみたいだわ。首が少し痛い。




「あ、れ・・・ルーピン・・?」
「あ・・・・・・」




しだいに大きくなる影とともに、私はそこに小さな明かりを灯したランプと杖を持ったルーピンの姿を確認した。 彼はローブをぴったりと体に巻きつけるようにして着込んでいて、震えているようだった。肌寒いくらいで冷え込んでいるわけでもないのに。 いつも白くて少し病弱にも見える顔色も窓から入り込んでくる月光に照らされて、更に白さを増して輝きさえをも放っているようだった。 それに私がここにいたのは計算外だった、というのが顔にもろに出ていた。あはは、いつもにこにこばっかりのルーピンが取り乱すなんてよっぽどなんだなあ。 私はごくりとココアを一口飲んで、何も言わずにルーピンの様子を伺った。彼は相変わらず動揺しているようで周りを見回していた。 しかし、しばらくすると彼が私のほうをじっと見据えていることに気がついた。ちらりと視線だけ動かして彼を見たときに、ばちっと彼の視線を私のそれが重なった。




「なに?」
「や、なんでもないよ。眠れないの?」
「うん・・・ちょっと目が覚めちゃってさ。は?」
「んー私もだよ。昼寝したからかなあ」




おどけてみせる私を見て彼は、あははと軽く声をたてて笑った。もう、寒くはないらしく彼の体はもう震えてはいなかった。 私のココアはもうすっかり冷め切ってしまっていた。砂糖をたっぷりいれたから、きっとそこのほうにたまっているだろうな。うえ。想像しただけでも口の中が甘ったるい。 さっきまで一人で静かに、けれどかなり長いことルーピンは笑いこけていたけれど、突然糸が切れたように彼は笑うのをやめまた黙りこくってしまった。




やけに、心臓の音がうるさく聞こえた。彼の視線はいつもの優しいまなざしとは比べ物にならないくらい、寂しそうで哀しそうで痛いくらい鋭かった。 それは頭で感じ取ったものではなく、たぶん私の中にもまだ残っているであろう、俗に言う野性の本能というものが瞬時に感じ取ったものだった。 私は肌がぞわりと粟立つのを感じた。こんな心地よい緊張感は滅多に味わえないわ、と普通の人では決して思わないような感情が駆け巡った。




「僕、行くね」
「うん分かった。ごめんね引き止めちゃって」



彼は申し訳なさそうに静かに沈黙を破った。耳ざわりの良い柔らかな声色に私はすっと猫のように目を細めた。 ああ、もういってしまうのか。少し残念にも思ったけれど、彼をいつまでも引き止めておくのはかわいそうなので私はすんなり、うん、と返事をした。




もさ、早く寝たほうがいいよ」
「ふふ、分かった。でも昼寝したから平気。ルーピンも気をつけてね外寒いしさ」
「うん、分かったよ。ありがとう。・・・・じゃあ」
「うん、いってらっしゃい




私は軽く手を振って彼の後姿を見送った。ブラックたちと比べると少し線の細いその肩は月光とランプと暖炉の炎が混ざった不思議な色の光に照らされて、静かに姿を消した。 誇らしげに堂々と夜空に陣取って輝く月を窓越しに見上げた瞬間、私の脳裏にはなぜかあのぼろ屋敷がよぎった。なぜだろう。 足の先が冷たくなっていたので、足同士をこすり合わせた。小首をかしげながら、私はまた深くソファに座りなおした。ぎしっと、ソファのスプリングが軋んだ。